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手ぬぐい「やきいも」
今年もお芋、届いたよー
今日は焼きいも.
いただきます!
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手ぬぐい「やきいも」どうぞ.
まだまだ暑いけど…
気がついたら美味しい季節になっている.
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「やきいも」岡山県は産地ではないのに…
なんでご当地手ぬぐいなのって…
そのお話は長文ですが加えてます.
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「やきいも」のホッコリしたところ.
湯気のモワッとしたところ.
芋の皮のザラッとしたところ.
注染の職人さんの技術です.
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Gochaオリジナルデザイン.
Yahooショッピングでも販売しています.
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以下その説明です.
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この「やきいも」てぬぐいは、くらし器てぬぐいGochaのオリジナルてぬぐいとして企画制作し、販売をしております.
温かさそうで美味しそうな『やきいも』のデザインには懐かしさも感じていただけるように色合い等配慮しました。また、日本の伝統工芸であります注染の技法も随所に感じていただけます。
「てぬぐい」「やきいも」の御愛好者はもちろん、幅広いお客様にご愛用いただければ幸いです。
「やきいも」は店主の好物ではあるのですが、だからといってそれだけでこの商品を開発、販売に至った訳ではございません。店主の故郷「笠岡」の偉人の逸話を『てぬぐい』というアイテムを通じて知っていただきたいと思ったからなのです。
その偉人は「井戸平左衛門」公というお名前でございます。以下、少しの物語にお付き合いいただき、往時の井戸平左衛門公を偲び、今後の顕彰の一助となれば幸いです。
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『いも代官さま』
「おいも、焼けたよ!」
おばあさんがヨシコちゃんに言いました。
ヨシコちゃんはおばあさんが作ってくれる「やきいも」が大好きです。
ある時、おばあさんがヨシコちゃんに言いました。
「今も、おいしいおいもを食べることができるのはいも代官さまのおかげなんよ。」
「いも代官さまって?」
「そうかヨシコちゃん、芋代官さまのこと、知らんかったかな。
おばあさんが子どもの頃、おばあさんに聞いた話でな。おばあさんのおばあさんも子どもの頃、おばあさんのおばあさんのおばあさんから聞いたそうな。そんな話でな。江戸時代の頃の話なんよ・・・」
「おばあさんのおばあさんのおばあさんの・・・そんな昔の話なん?」
おばあさんのお話が始まりました。
ヨシコちゃんはじっと聞いています。
江戸時代享保年間のお話です。享保の頃といえば将軍様は徳川吉宗さんです。
この頃日本各地で飢饉が起こり、米が不作で食べ物がない時代がありました。
天候不良だとか虫の異常発生だとか。
幕府の直轄地でもある天領、備中笠岡の地も例外ではありません。
飢饉でした。住んでいる人みんな食べるものがありませんでした。
享保十六年、井戸平左衛門という代官様が赴任されました。
飢饉なので領民たちも食べるものがありません。
草とか食べたり・・・もうホント食べるものがありません。
井戸平左衛門公は(江戸のお殿様には内緒で)米蔵を開き、困っている領民にお米を配りました。そうしてその年は飢えをしのぎ、なんとか過ごすことができたそうです。
でも、その次の年も米は不作・・・
井戸平左衛門公は今度は禁止されているサツマイモ(これもまた江戸のお殿様には内緒で)をなんとかして手に入れました。
そして笠岡のみんなで育て、みんなの食べ物をつくったそうです。笠岡の領民は助かりました。飢えで亡くなる人はひとりもいなかったそうです。
そうなのです。
今の笠岡のみんなの暮らし、井戸平左衛門公のおかげもあるのです。
江戸のお殿様に内緒で米蔵を開いたこと、禁輸されているイモを植え、育てたことの責任をとって井戸平左衛門公は切腹されたのです。
(江戸よりお許しの手紙は間に合わなかったそうです)
笠岡の領民は悲しみました。
おいしい『いも』をみんなにひろめ、みんなを助けてくださったいうことで、いつの間にか、誰が呼んだかは定かではないのですが、井戸平左衛門公のことを「いも代官」と親しく呼び、亡くなられた後も、ずっとお慕いしたという話です。
・・・だからおいしい笠岡で食べるサツマイモには特別な味があるのです。
美味しいそうでしょ。
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大きなホントと少しのフィクション.